母が統合失調症になった。そんなはなし①【治療しながら病気と共に生きていく】

こんにちは!あおぴ〜です!

 

私の母は統合失調症という精神疾患を持っています。

統合失調症は、昔は精神分裂病と言われていました。

母の症状が出てきた時の様子や、家族がどんな気持ちだったのか正直に書きたいと思います。

 

これを書いて良いのかは悩みました。

 

言葉にして書けば、今の母と向き合えるのではないかと。

母のことはどこか分からないような、娘だから分かるような。

近い存在な程、避けてしまう時期もありました。

 

でもこんなんじゃ駄目でもっと母に寄り添ってあげたいなと思います。

 

そして同じ症状で悩みを抱えている方や周りの方で悩んで不安になっている方にとって、少しでも参考になればと思い書かせて頂きます。

 

家族が病気になってるかもしれない。

どうしたら良いか分からない。

という方の力に少しでもなれたらと思います。

 

この話を聞いて、精神疾患になった方への

「偏見や見方が少しでも変わってくれればいいな。」

と思います。

 

自分自身の気持ちを正直に書いている部分もあり、もし不快な思いになられる方もいらっしゃるかもしれません。

その時はごめんなさい。

 

【統合失調症とは】

統合失調症は、幻覚や妄想という症状が特徴的な精神疾患です。それに伴って、人々と交流しながら家庭や社会で生活を営む機能が障害を受け(生活の障害)、「感覚・思考・行動が病気のために歪んでいる」ことを自分で振り返って考えることが難しくなりやすい(病識の障害)、という特徴を併せもっています。

多くの精神疾患と同じように慢性の経過をたどりやすく、その間に幻覚や妄想が強くなる急性期が出現します。
新しい薬の開発と心理社会的ケアの進歩により、初発患者のほぼ半数は、完全かつ長期的な回復を期待できるようになりました(WHO 2001)。
以前は「精神分裂病」が正式の病名でしたが、「統合失調症」へと名称変更されました。

出典:厚生労働省 「統合失調症とは」引用

母のこと

私の家は父、母、祖母、一人っ子の私の4人家族でした。

私の家は父と母で商売をしていて、経済的にも豊かではなかったですが、幸せに暮らしていました。

 

母はどんな人にでも優しく、気さくに話しかけるようないつも明るい人です。

そして真面目で、とことんやり遂げようとする人です。

 

ですが少し繊細なところもあり、悩んでいる姿は見せませんが、抱え込むタイプだと思います。

お店の経営の管理は母がしていて、いつもお金のことで「ローンが大変。」「お金がない。」と不安げに話していました。

 

その頃からもしかしたら様子がおかしかったのかもしれません。

しかし、私はまだ小学生だったので気付いていませんでした。

母がPTA役員に

私が中学生になり、母はPTA役員をすることになりました。

 

母は書記を任されており、話し合いがあった際は事細かく丁寧に書き写していました。

時には家に持ち帰り、何時間も掛けて書き直して他の役員に配ったりしていました。

 

いつもは笑っているのに、その頃からか母の表情は固く、暗いような気がしました。

母にどうしたのか訊ねてみる

ある時、

「どうしたん?PTA大変なん?」

と聞いてみました。

 

すると、

「私の書いてる書類が盗まれてる。誰かが盗聴してるかもしれん。」

と険しい表情で言い出しました。

 

「スーパーに行っててもな、誰か後をつけてきてるねん。」

と普段の母と全然違い、目はうつろで表情はこわばっている様子で言いました。

 

そんな母は見たことがなく、私は戸惑い、

 

母はうそをつくことがない

本当のことを言っているのかもしれない

でも、そんな事あるわけがないし…

 

と急なことだったので混乱し、理解できませんでした。

 

私は「そんなことないよ。大丈夫やで。」と安心させたかったので言いました。

 

「なんで信じてくれへんの?!私は誰かに狙われてるねん!」

 

と今まで口調が優しく怒ったことのない母が、急に声を荒げて怒り出しました。

 

その日は夜中まで何時間も一緒に話をしました。

 

何度も私は

「他の人に聞いたら分かるから。そんな事ない!」

と言い、母は

「いや、盗撮されてる!狙われているんや!」

と喧嘩になりながら言い合いました。

 

「あんたはほんまのこと言うてるんか?!」

と疑われ、信じてくれないことにショックでした。

あのときのことを思えば

精神疾患を持っている方は否定されると不安を感じ、自分を守るために攻撃的になることがあると思います。

(人それぞれとは思いますが、私の母の場合はそうです。)

 

今思えば、肯定してあげて聞いてあげる。

そして、

「大丈夫だよ。ちゃんと分かってるから。」

と肯定してあげることが大事でした。

 

その頃の私は肯定することで話がおかしな方向へ広がり、変な行動をしないか不安だった覚えがあります。

 

そして疑われたことがショックで「なんで分かってへんねん!」と反発してしまいました。

今までの母じゃないことに対してのショックと不安で、キツくあたってしまいました。

それからの母が変わってしまった

それからの母は経営しているお店の営業中でも、お客さんが居るにも関わらず急に外を飛び出し、1時間後に帰ってきたり、酷いときには一日中帰ってこない日もありました。

どこに行っているのかは私達も分かりませんでした。

 

「どっか行ったらあかん言うてるやろ!」

と父が言うと、

「そんなん私の勝手やろ!ほっといて!」

と怒って毎日毎日外に飛び出していきます。

 

父も頭を抱えて困り果てていました。

 

 

今までの母はどこへ行ってしまったのか。

優しい母は居なくなってしまったのではないか。

あんなに仕事が好きで一生懸命働いていたのに…

 

そんな不安から何度も否定し、キツくあたってしまいました。

ある時電話がかかってくる

ある日父に電話がかかってきました。

「イオンのステージ(ショーなどする場所)で一日中踊っているので困っている。来てくれないか。」

と電話がかかってきました。

 

それを聞いてそんな迷惑をかけて、踊っていて恥ずかしい。

多感な時期だったので、

「学校の子に見られたらどうしよう。恥ずかしい。」

と嫌な思いになりました。

 

すごく悩んでいましたが、親友にも言えませんでした。

母がそんな状態になっているのが、恥ずかしいと思ってしまいました。

そして悲しさと怒りが同時に込み上げてきました。

 

「恥ずかしい。」とそう思ったことがほんとに申し訳ないし、自分が最低な人間に思えました。

色んな感情がごちゃ混ぜになっていました。

【母が統合失調症になった。そんなはなし①】まとめ

母が精神的に不安定になったのは急な出来事に思いますが、多分積み重ねてきたストレスがあり、自分で抱え込んでしまっていたからだと思います。

それがPTAの役員がきっかけで症状が出てきただけで、以前から辛かったのかもしれません。

 

近くに居たからこそ気付かなかったのかなと思います。

本当は近くに居るからこそすぐに気付いてあげたかった…と今は思います。

 

最後まで読んでくださってありがとうございました!

少し長くなりましたので次に続きます。笑

まだ読みたいなと思ってくれたら、ぜひ続きを見ていただけると嬉しいです!

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