母が統合失調症になった。そんなはなし②【治療しながら病気と共に生きていく】

前回から引き続き見ていただいている方はありがとうございます!

👇前回母が統合失調症になった。そんなはなし①」の目次です!

次の話は「母が統合失調症になった。そんなはなし②」です。

父の言葉

母が仕事をせずに一日中イオンで踊っているという事件があり、家庭内はめちゃくちゃな状況になりました。

 

その中父が、

「支えるのは家族しかおらんよな。家族で頑張っていかんとな。」

と急に言いました。

 

普段はふざけたことばかりで、あんまりそんなことを言わない父なので驚きました。

父は普段どおり明るく振る舞っていましたが、父なりに色々考えていたのだと思います。

 

そして誰にも相談できないまま、何とか家族で解決することになりました。

病院へ

やはり様子がおかしい。

このままでは駄目だと思い、母をメンタルクリニックへ連れて行こうという話になりました。

 

しかし母は

「行かへん!私はどこもおかしいとこないのに何で行かなあかんねん!」

と怒って行く様子がない。

 

それから何日間か繰り返し伝えて、何とか渋々行くことになりました。

本当は「盗撮されている。」と言った時に連れていけば…

 

しかし早めに連れて行った方が良かったのは分かっていました。

 

母が精神疾患になっていると思いたくなかったし、大丈夫だろうと思い込もうとしていました。

複雑な気持ちだったので病院へすぐに行くことができなかったのです。

多分父も同じ思いだったのだろうと思います。

病院の診断結果

病院での診断結果は「不安神経症」でした。

 

病院へ行ってからは薬を飲んで、冷静に物事を考えられるようになったのか、落ち着いた様子に見えました。

落ち着いてから、

「頭がゴチャゴチャしていたのがスッキリしたような気がする。

この前は私が私でないような、誰かが私を動かしているような感じ。」

と母は言っていました。

 

自分自身の気持ちと勝手に動いてしまう自分のギャップで、母は苦しんでいたようでした。

 

不安神経症とは

過度なストレスがかかって身体症状や精神症状が出てしまい、感情のバランスが取りづらくなり日常生活を送りにくくなる症状。

症状がなかなか安定しない

薬は飲んで病院へは月2回定期的に行っていたが、うつ状態のように何もする気が起きず、沈み込むことがありました。

薬がなかなか合わず、気分の浮き沈みがあったようでした。

 

ある時、薬を置いている場所を見るとほとんど薬が減っていませんでした。

薬の管理は自分でしていたのでちゃんと飲んでいるだろうと思っていましたが、「飲んでいる。」と嘘を付いていました。

 

それからしつこいくらい何度も母に薬を飲むように伝え、確認しました。

 

「飲んでる!何でそんなに言われなあかんねん!」

「あれ飲んだら眠なるから嫌や!」

と色々言い訳をして怒るので、いつも喧嘩でした。

 

病院も行ったと嘘を付いて行かなかったり、継続して病院へ行くようになるまでには時間がかかりました。

病院へ行けたとしても薬が効かないときもあったりと、薬の調整が難しく症状が安定するまでが大変でした。

季節の変わり目に症状

母は季節の変わり目になったら表情がこわばり、症状が出てきます。

特に春から夏に掛けては、体調の変化と共に症状が悪化しました。

季節の変わり目は落ち込むときも多く、仕事に行くことができずに休んでいました。

専門学校の授業

私の専門学校の授業で精神科目の授業がありました。

不安神経症を習っているときに初めて母が不安神経症だと言いました。

 

「普通に身近にたくさんいるよね。普通の病気だよね。」と引くような様子もなく、受け入れてくれました。

 

その時に隠していくのではなく、精神疾患は普通なんだって伝えていきたいなと思いました。

結婚直前

母は症状が出ているときは物忘れが酷くなります。

私が主人と婚約した頃、物忘れが出てきて症状が悪化してきました。

 

母は一人で病院へ行き、診断表をもらってきました。

 

診断表を見ると「統合失調症」と書いてありました。

 

「え?!神経症じゃなかったけ?!」

と驚きました。神経症だと思っていましたが、統合失調症でした。

 

母の場合は仕事もしているし軽症だとは思いますが、統合失調症は重度だと入院が必要になることがあり、悪化したらどうしようと不安になりました。

そして統合失調症のことを調べていると遺伝すると書いてありました。

 

それを見てから、

「遺伝するのなら〇〇(主人)も嫌がるかな。結婚をやめたほうが良いのかな…」

と思うようになり、悩み始めました。

 

結婚を喜んでいる母のことを思うと、この理由で結婚をやめようと思っていることが申し訳なく思いました。

そして母の気持ちを考えると辛いだろうし、自分が最低だなと思いました。

 

今の主人に伝えると、「関係ないよ。大丈夫、気にしてないよ。」と普通の反応でホッとしました。

 

同時に、自分のことばかり考えているなと罪悪感が残りました。

 

小さい頃から一生懸命育ててきてくれた母のことをそんな風に思ってしまって本当にごめんなさい。

そんなことを思われたら母は悲しいに決まっているのに。

受け入れるのには時間がかかる

精神疾患は自分もなる可能性があり、家族や身近な人がなることがあるかもしれません。

 

もし身近な人が病気になった時に、全く別人に見えるかもしれない。

そしてその状況を受け入れられないかもしれない。

 

私も病気は母の一部ということを受け入れるまでに時間がかかりました。

そして理解するのにも時間がかかりました。

衝突だってしました。

 

でもその人はその人で何も変わっていません。

 

病気が性格を変えてしまったんじゃないんです。

元々の性質があり、それが少し歪んで出てきているだけです。

病気はその人の一部で継続して治療をしていくことが大切です。

 

例えば高血圧や糖尿病で薬を飲んで体調の管理をするように、精神疾患の薬を飲んで調整するだけのことで何ら普通の病気と変わりないです。

一生付き合って行く病気だと思いますが、怖がることはないんです。

ですが薬の調整が難しいので、定期的に病院へ行くのは必要です。

最後に

母は家族がいたから、周りの人がいたから乗り越えられました。

そして私も母がいてくれたから、ここまで成長することができました。

酷いことたくさん言ってしまったこともあったけれど、もっともっと寄り添っていきたいと思います。

病気があっても大事な家族という事に変わりはないから。

 

一番苦しんでいるのは本人です。
家族や周りの人がが支えてあげなければ、味方はいなくなってしまいます。
お互いに辛くならないよう、適度な距離を保ちながら、本人が助けを求めたときは手を差し伸べてあげてください。
 
家族である、あなたが向き合って寄り添ってあげてほしいです。
 
 
最後まで読んでくださりありがとうございました!
 
色々な方に伝わってくれればいいなと思います!
 
 
 

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